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yuhs:

Frightened Rabbit - Poke

I’ve yet to listen to this without crying. Want to get drunk and watch tragic movies and cry all night a little.

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ある企業経営者が、『なぜ電気料金を下げられないのか?』と東電幹部に質したところ 『下げてもいいけど停電しますよ』と言われ『よく客に向かって努力もせずに、不良品になりますよと言えるな』と唖然としていたということもありました

— 

ネットゲリラ: 潰れるのは東電だけじゃないですw (via fukuinorisuke)

(via ataru-mix)

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issey:

I was discussing icon design the other day with a friend and Susan Kare’s name came up. http://kare.com/

issey:

I was discussing icon design the other day with a friend and Susan Kare’s name came up.
http://kare.com/

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「食べて応援」は「生産者支援」ではなく「東電支援」、東京都のガレキ受け入れも「被災地支援」ではなく「東電支援」、どちらも一番得するのは「東電」です。

— Twitter / @kikko_no_blog (via slowleaner)

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dyskrasia:

silhouette-:

Miyako Ishiuchi

Scars generally carry a rather negative connotation. They are not shown to others, not exhibited in public, and are to be kept quietly hidden away, or measures are taken so that they won’t be seen — they belong to an extremely private realm. I take photographs of such scars, which are so very like a personal secret. Illness, injury, accidents, war. These are all distressing, painful, unhappy experiences that one day, suddenly befall a person…we must all sustain and live with wounds, visible and invisible.
(via huiyan)

dyskrasia:

silhouette-:

Miyako Ishiuchi

Scars generally carry a rather negative connotation. They are not shown to others, not exhibited in public, and are to be kept quietly hidden away, or measures are taken so that they won’t be seen — they belong to an extremely private realm. I take photographs of such scars, which are so very like a personal secret. Illness, injury, accidents, war. These are all distressing, painful, unhappy experiences that one day, suddenly befall a person…we must all sustain and live with wounds, visible and invisible.

(via huiyan)

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さくら通りと内環状線の交差点。
郡山の高校生は殆どと言って良いほどマスクをしていなかった。
小学生は登下校時はマスクをしている子供が多かった。
マスクをしてずらっと並ぶ小学生を「こういうの写真に撮ったら絵になるんだろうな」と思って、思った自分が嫌でシャッターは切らなかった。

知らなかったけれど、福島では水素爆発直後から、長崎から来た放射線健康リスク管理アドバイザーという肩書きを持つ教授の講演が、
ラジオでもテレビでも洗脳のように繰り返し繰り返し流れたそう。
「年間100ミリシーベルトまで安全です。」
「マスクなんて、役に立ちません。みんなが不安になるだけだから、マスクは今すぐやめましょう」

その教授の方は、最近になって100ミリシーベルトまで安全発言を撤回して
「極めて低い放射線を長期間浴びる例はかつてなかったため、健康リスクがないと証明することが極めて難しいのが現状」と言っている。

— 5月、郡山へ ― その2 - 僕等は人生における幾つかの事柄において祈ることしかできない (via ginzuna)

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長崎にプルトニウム核爆弾が落ちてからも、爆心地から半径30km以内を立ち入り禁止にするどころか、原爆が落ちた後、10日足らずの1945年8月15日にも、死者の霊を弔うため、精霊流しは行われたのです(長崎をなめたらいかんぜよ←坂本龍馬気取り)。そして、原爆が落ちる前も落ちた後も、長崎大学医学部は150年前からずっと、Ground zeroから歩いて5分足らず、直線距離で500メートル足らずの(爆心地公園は、毎日の私の通勤経路です)、この長崎坂本の地に留まっています。

”プルトニウム粉塵は密度が高いため、大気中でも水中でも沈降速度が大きくあまり遠くへは広がらない。チェルノブイリ原発事故時のプ ルトニウムの環境への規制値(3.7GBq/km2)を超えた飛散範囲は30km以内であり、セシウム、ヨウ素などがヨーロッパにまで拡散したのと大きな 違いがある”プルトニウムの体内動態について)

長崎こそ、30km以内を立ち入り禁止区域にする選択肢があったのでしょうが、そんなことはおかまいなしに、65年経ってしまいました。で もプルトニウム239の半減期は2万4000年(α崩壊)だそうですから、まだ十分間に合う?いいや、α線だから、「臭いものに蓋」でこれから何万年もこ のままでいけばいい?ちなみに、原爆で甚大な被害を受けた長崎市街の広がりは、周囲を山に囲まれていることもあって、東西5km、南北10kmに過ぎませ ん。言い換えれば、アメリカ軍は、それだけ狭いところに大量破壊兵器を投入して効果的に大量殺戮を行ったのです。それでも生き残った長崎市民は死者と共 に、そして人類史上最悪のプルトニウム汚染と共に、この長崎の地に踏みとどまったのです。

プルトニウム239の半減期は2万4000年ですが、1945年8月9日から今日に至るまで、地元はもちろん、県外でも、長崎県産の農産 物、水産物、畜産物、乳製品がプルトニウム239の汚染ゆえに風評被害を受け、差別されたことはありません。400年の歴史を持ち、日本全国の生産量の6 割を占めると言われる牡蠣を含めて広島県産の農水畜産物も同様です。

— I131 (via termin)

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 日本では古来より言霊(ことだま)という概念が強く、忌むべき言葉を口にすることを回避する習慣がある。これは現代でもあることで、山や海で使ってはい けない言葉があり、各職業でも忌み言葉がある。もっと親しみやすい例をあげるならば、結婚式で「切れる」「離れる」「別れる」「お終い」という言葉は使用 しないように細心の注意が払われる。また、受験生の前でも「すべる」「落ちる」という言葉を使用しないように配慮される。

 しかし、結婚 式で「別れる」という言葉を言っても本当に離婚するわけでもないし、受験生の合否は本人の実力であろう。だが、日本にはなるべく不吉な言葉を口にしないと いう習慣があり、不吉な言霊を口にすることでそれが実現されてしまうのではないかという潜在的な恐れがあるのだ。

 したがって、今回のよ うな災害が引き起こされた場合、最悪の可能性に関して口すると「そんなことを言うな」「不謹慎だ」「不適切だ」と非難にさらされることになる。東京電力や 政府関係者の歯切れが悪いことを批判する声もあるが、彼らが現状から分析される最良の事態から最悪のシナリオまで隠すことなく明言した場合 、欧米人のように冷静に情報分析し、自己責任で行動に移れる日本人は何割いるだろうか。

 もちろん、東京電力や政府関係者による曖昧な会見は許されるべきではない。出来る限り正確な情報を断固要求すべきである。だが、今さら“役人体質丸出しの東京電力”では無理な相談であろう。

  では我々は、何をすればいいのであろうか。まずは、欧米のニュース映像や関係者から意図的にリークされた情報をネットを活用して集め、自分の行動指針は、 自ら判断すべきである。この時に他人がとった行動や発言を「自分だけ逃げた」「扇情的な言葉を口にするな」と批判するべきではない。日本人それぞれが、あ らゆる情報に取り組み、行動の決断を求められている時なのだ。言わば、“情報リテラシー”の試験に取り組んでいるような現状である。

 他 人がどんな言動を発しようとも、“怒らず”“乗らず”自分のジャッジ基準で冷静に判断すればいいのだ。政府の曖昧な“いい子ちゃん発表”だけ聞いて、危険 性を訴える声を「扇情的だ」と言って言論封鎖することがあってはいけない。曖昧な情報から扇情的な情報まで、全ての情報を並べて冷静に判断するこそが、今 我々のなすべきことであろう。

— 山口敏太郎の直言「言霊の国・日本では、最悪を想定した話が出来ない」 - リアルライブ (via slowleaner)

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